きらいになれないときは

日記とフィクション

クリームたい焼き

好きじゃないコンビニスイーツが、たまに美味しい。

人が買ってくれておうちに持ってきてくれた時、その人が美味しいと思ったりだとか、わたしが喜ぶと思って買ってくれたんだと思うと、美味しいかもって思っちゃう。

その後コンビニに行った時に自分で買って食べたりしちゃう。買ってくれたことが1つの思い出になって美味しい。

しばらくすると、忘れる。 というか、本来の好みに戻る。

コンビニスイーツ、本来はあまり好きじゃない。 アイスが好きだから。 アイスならなんでもいいというわけじゃない。

パピコ、チョコミントアイス、ハーゲンダッツ、クッキーサンドのどれか。

氷菓子とかフルーツのは好きじゃない。 アイスの実はコーヒー味なら嬉しい。

パピコソーダ味は好きじゃない。ガリガリ君のチョコミントみたいな変わり種もイヤ。ハーゲンダッツもできればチョコとかナッツとか、とにかく重たいやつがいい。

クレープアイスとかコーンのアイスはかなり気分による。あまり好きじゃないけど、たまーに食べたくなって自分で買う。

アイスに関しては、買ってきてもらっても喜び方が違う。 とにかく普通のコーヒー味のパピコを買ってきて欲しい。 プレミアム感のあるチョコパピコももちろんダメだ。

うるさくてイヤな女だなと思うけど、コンビニスイーツは無邪気に喜ぶのはなんでだろう。 でもカワイイんだもんなあ。

ミスドフレンチクルーラーがコンビニスイーツ的立ち位置になる。 自分じゃ買わないけど買ってきてもらえるとかなり嬉しい。 イチゴ味なんて嫌いな部類に入りかけているけどそれでも嬉しくて食べる。それを美味しいと思って選んでいるときの人を思うとかなり可愛いから。

というより、お土産でミスドを買って来られるとかなり弱い。なんかすごく可愛がられている感じがする。 ミスドはわたしの中でとても可愛くて、その店に行きたいと思ってドーナツを見ている人ってなんか憎めない気持ちになる。

怖いおじさんが結構指輪をしてるのを見て、家族との姿を思うのにも似ているのかもしれないな。

そういえばこの間、ミスドハラダオサムデザインの紙袋に戻っていたことがあって、それも相まってかなり嬉しさがアップした。

可愛がられるのが嬉しいだけなのかもしれない。 でも、アイスはパピコを買ってきて欲しい。 アイスは別にかわいくないと思う。

ちなみに、飲み物なら爽健美茶でお酒なら緑茶ハイ。 これは好みです。

短歌まとめ3

・真夜中の公園タバコ 雨染みて ビニルの音と共に我あり

誰にも見られていないひとりの時間ってわりと大切

・その怒り・悲しみ全部捨てとくよ 明日は火曜 きっと燃えるよ

任せてね

・雨 埃 花粉も全部知ってるが 季節と呼びたいあたしを知ってて

いろんな匂いがするね

・蓋を閉じ酸素が消える瓶の中 生きてる殻に守られ生きる

生き物じゃないのになんか親近感わくこと、ない?

・水よりも先に来る雨 匂い立ち コンクリに見る夏のあの日を

あ、夏の夕方がきた!ってなった

・ぼくまでの距離はその靴10個分 ぼくは一歩で君を抱きしめ

おチビの靴ってなんであんな小さいん?

・春の陽を新品カーテン越しに受け 笑うあなたを一生見れない

春の太陽っていろんなものが綺麗に映るよね

・「もうイヤ」と瞼を擦り泣きぬれば 星の瞬き ひろがり煌く

ラメ入りのシャドウはざっくりしたやつが可愛いよ

・見ていない部分であなたを好きだった 開いた日記は妖しく冷たい

あとTwitterのアカウント 下手に見る物じゃない

・枕下 置いた願いを映さない 爆撃戦の夢見るあたしよ

夢の中でくらいいい思いしたかった

・どうしても首から下しか見れなくて 曜日のネクタイ覚えてしまった

月曜日は赤だね、とか 金曜だけ知らない切なさとか

・ドア開けて見えたコンビニまだ遠い トンボになあれ 青田を飛ぶのよ

田舎には何もないので遠近感がなくなる

・「クリスマス もう買っちゃった?」焦る君 咄嗟に隠す半袖のシャツ

槇原敬之に影響を受けた人のプレゼント

・パンダ乗る黄色トラック走る道 きっと明日から「いつもの通り」

引越しはサカイ!新生活わくわくね

・あつ森でキラキラ輝く花を見て ふと窓際の鉢を見つめる

現実はちょっと枯れかけてた ごめん

・ビュービューとふく風見てたベランダに 花びらひとひらやって来ていた

そんな幸せもあるのか

・画面越し 大袈裟に泣くぬいぐるみ いたずら顔で君が震えた

ZOOM飲み ぬいぐるみ登場しがち

・9:30の表示を閉じてまた眠る この一瞬を土曜日という

安心して眠れるね

・湯気かおり 光が見える入り口に 集まる人の あたたかいこと

銭湯大好き!

・石鹸と500円だけ持ってきた 変わらぬ湯気に涙を混ぜる

久しぶりに来ると本当に涙出る

・過ぎた日のネオトーキョーが迫ってる この高鳴りで地球が揺れそう

AKIRAを見たの IMAX大興奮!2020年ですよもう

・泣かないで あたしが海をあげるから 潜って見える永遠を見る?

きっと綺麗な海だし

・夏の下 忘れた名から 電話鳴り 自然と笑うわたしが悲しい

季節すぎても消えない気持ち

・あと5分 急いで塗ってしまったし マーブル模様に焼ける夏かも

本当に不安になります

・「えっ?まじ?」を一旦消して 打ち直す「ほんと?」 の文字は乙女の心

些細でもちょっはね。

短歌まとめ - きらいになれないときは

短歌まとめ2 - きらいになれないときは

気がつけば結構書いてますが、上達ってあんまりしない。 ただちょっと人に読んでもらえると嬉しいので継続します。

短歌まとめ2

・揺れる窓 見えたる雲は何色か 答えの前に目的の駅

名前のない色の雲を見つけた

・オレンジの時を待ってるあの川辺 あの永遠は二人が作った

オレンジの時、マジックアワーっていうらしい…

・昼休み 細く舞う糸たち回る 喫煙所では内緒の話

本当に社外秘の話をするなよ…!と思いつつ

・こう言った「きみをいつでも愛してる」抜けてしまった「どこでも」の文字

抜け漏れなく愛してね

・「春だね」と涙を溜めて笑い合う 顔の半分 マスクの2人

抗ヒスタミン剤が欠かせない

・バカみたい 涙をためてできた池 あなたがはしゃいで 泳ぐ夢見る

楽しそうだね

・もう少しあったらうれしい白米を 「ふたくち」と受け すぐくれる愛

ねぎしのしろたん定食の話です

・ブクブクと 音立て響く ワンルーム ドライアイスは冷たく熱い

Uber Eatsでアイス頼んだら入ってた

・「雪も見ず 春が来ていいはずがない」るるぶ眺めて口を噛む僕

わたしをスキーに連れてって

・指先についた絵の具を剥がす時 ひとつ増えてく私があるの

きっとね

短歌まとめ

・北上尾 気づけばさいたま新都心 どこ行けば良い 降り立つ板橋

本当は池袋に行かなきゃなんですけどね

・ここまで、と閉じて3秒目も閉じた 明日起きたら忘れちゃいたい

夜中に頭いっぱいにしちゃうアレね

・「わからない でもいたいんだ」チビが言う そんなに全てを知っているのか

どの「いたい」なのかなって

・本映画ラジオも全部ムカつくな トリキ磯丸 あの日のサイゼ

ウギギギー!

・大けりゃ とにかく困らん 言うてたね デカすぎの傘 ちょっと余るよ

90cm

・身に余る 喉通らない ミニ余る あーこんなにも 幸せでいい?

牛丼ミニが食べられない日

・看板まで 走りきれない太ももが ギリギリ痛い 乙女なのにね

案外遠かった〜

・スニーカーのシミがおんなじ かたちとか そういうことを メモしていたいの

実際メモってました

・ふと見えた みーちゃんの文字 それだあれ わたしの名前は 「み」〜ないってば

わたしもみーちゃんって呼んで

・ペチャ鼻に なぜだか2つ あるつむじ 神秘の君がとても眩しい

な〜んで?な〜んで?

・帰り道 寒さに歯ぎしり強くなる 帰りたくないとは まだ言われずに

肩も凝るよね

・これだけの会話がどんなに嬉しくて 繰り返したかを知らなくていい

50回くらいかな〜

・恋はねえ、会えない時間が育てると 知ってるわたしがなんだかムカつく

全部知ってるのにうまくいかないですね

・足首の かさぶた探り 3時間 布団の熱は まだ覚めぬまま

ちょっとエッチな感じしません?

・暗闇に小さな四角光り待つ 緑の通知 微睡の中

あ〜ん 連絡来てるけど寝るんだ〜い!

・「かわいいよ そんなとこも」と笑う歯の かたちがつくる 世界を知ってた

えーんえーんって、言いたいな

・「この味がいいね」と言わない君だけど 空っぽ皿こそ 愛だったのね

サラダは嫌いだったけど

・あれからね 運勢ばっか気にしてる 100%の君まで遠い

占いとか信じないタイプでしょ?

・犬じゃない わたしは人間 乙女です ちゃんと歩ける きみを見ている

ワンワン尻尾ふってますが

・遠く先 黄色電車が運ぶ先 同じチャンネル 見ているらしいね

そうなんだ へぇ〜 ふぅ〜ん 教えてくんないんだ?

・大口を開けて空気を吸い込んだ 目からの水滴 辻褄合わせに

とにかく大きく開けることがポイントです

・くるくると回して畳んで潰しては 火をつけずただ歯の先で噛む

折れちゃうよ!

・柔らかい 透明フィルム 指に乗せ 眼球さわる 夢を見ながら

柔らかさはメーカーによってちがいます

ゴールデンハムスターみさこ

昨日のご飯が思い出せない。この炒め物はいつ作られたものなんだろう。私は部屋の真ん中にあるテーブルの前に座って、手作りのご飯たちに手をつけようとしていた。ひき肉の炒め物とワカメのスープと白米、そこそこ手の込んだメニューだ。台所のマットには細かい人参のかすがたくさん散らばっていた。普段は料理をする際、少しの油汚れや汁のハネなども掃除をするのだが、どうやら足元のひどい様から見るに、私の視野はかなり狭まっていたらしい。と、いうより目の前が見えていたのかすらわからない。なにしろ全く覚えていないのである。昨日の17時過ぎに友達のえっちゃんに電話をしたあたりから記憶がない。えっちゃんと何を話したのか思い出そうとすると、空っぽの脳みそを無理やり動かしているみたいで不快だ。えっちゃんは大学時代に一人暮らしをしていた時分からハムスターを飼っていた。そのハムスターの名前は「みさこ」というが、これは私の名前でもある。みさこはゴールデンハムスターで通常の体型より少し丸っとしていて可愛い。しかし飼い主の目は厳しく、しばしばえっちゃんはみさこに「動け、動け」と滑車を走るように言いつけていた。ハムスターにはそんなことは聞き分けられないため、代わりに私が返事をしていた。「ハイ、ハイ、走ります」そうすると私たちは二人できゃあきゃあ笑っていたのだけれど、今の私はなんだか本当にゴールデンハムスターになってしまったみたいだ。カシャカシャ音を立てて走り周るのに、あれは何度見ても意味があるように思えない。小さな思い出せないことを見つけるたびに頭が痛む。滑車のような小さな部屋の中でハムスターになってしまった。小さな手足でワタワタと走るみさこはバカっぽかった。 頭がまだ半分ボーッとし、不鮮明な何かが脳内に置き去りにされている感覚がある。それは元々の病気のせいではなく、自分の誤った行動のためである。最近の私がハマっていること。それは滑車のスピードを上げていくことだ。 処方されている薬を5,6倍の量で飲むと大抵記憶が抜け落ちてしまう。その間、意識が続いていればいいのだけれどどうやら私の体が停止する前に2,3時間は記憶なしに動き回っている。その間の行動は様々だが基本的には他人とコミュニケーションを取ろうとしている。LINEで通話をしたり、久しぶりの相手に連絡してみたり、フラフラ外に出てそのまま道で寝てしまったこともある。その時は、当時付き合っていた彼氏に会いに行くとメッセージを送った数十分後に発見された(元彼氏談)。もちろんすぐに振られた。 薬を毎日同じ時間に同じ量に飲むことは、もう1ヶ月も前にやめてしまった。寝る前、何もやることがない昼間に思い出したように適当な薬を適当な量飲む。それぞれの効用は特に気にしない。飲むたびにいちいち量や種類を確認しない。適当に、遊び半分で飲んでいる。そうすると先ほどのような行動ののち、眠ってしまう。眠れない時もある。その時は焼酎かウィスキーを合わせて飲む。大した量は必要ない。そしてタバコを吸い携帯をいじったり、音楽やラジオを聞いてベッドに入る。そうすると時間があっという間に時間は過ぎる。余計なことは何考えないので自由に行動もできているらしい。ただ、その記憶はなくなってしまうのだけれど。 どうせなら楽しい気分になれたらいいのに、と咳止めシロップや錠剤を大量に飲むこともたまにある。だがそれは常にできることではない。第一の理由としてお金がかかること。その次に近所の薬局で続けて同じ薬を買うと怪しまれてしまうこと。また、この薬の効能にもあまり気乗りしない理由がある。だいたい30錠くらいを飲んだ後は身体が元気になり、よく動ける。溜まっていた家事以外にも水場の掃除や靴磨きなんかもやってしまえる。きちんと気持ち良さも感じることができる。ずっと伸びをしているような気持ちよさが続き、痺れるような感覚だ。深夜に飲めば眠る必要はなく、ずっと起きていられる。ただその代わりに、情報の受容量がとても多くなってしまう。普段考えていることの100倍くらいのことが頭に浮かぶ。マンガの描写に「?」がたくさん脳内に表示されるというものがあるが、それにかなり近い感覚がある。目の前に広がる全ての物事が不思議で、そしてよく視える。そのためとても疲れてしまう。また、薬が切れた後に辛い時もある。2回目に大量摂取をした際、適量がわからず錠剤を60錠くらいまとめて飲んでみた。するとかなり気持ちの良い効果が訪れたが、電車に乗ってみると少しの揺れで胃の中身を全て吐いてしまいそうになり、手や足の震えが止まらない。冷たい汗が全身を走り、停車駅のベンチでしばらく動けなくなった。いつもは笑わないお笑いのネタで数時間笑い続けたと思ったら、その後呼吸することすら気分が悪く、トイレに篭ってみたりもした。身体が不自然に硬直し、指先や首を無意識に曲げてしまった。眼球がこぼれそうなくらい目が開き、やや上を向いてしまう。あの時はずっとその状態が終わらないんじゃないかと思って少し怖かった。だから私はあまりもう咳止めは使わない。 ただ、スピードが少し上がればいい。生活のスピードがもっと早くなればいい。薄暗い部屋の中で過ぎる時は多分人間世界のそれより少し遅い。出来の悪いゴールデンハムスターのみさこは、まだ一生懸命には頭を空っぽにして滑車を回せない。だから記憶をすっぽ抜く。バカみたいだけどやめられない。他人が用意したみたいな自分の手料理を食べる。いつもと味は変わらない。あまりお腹が空いていないため、少しだけ手をつけてラップをした。小さな器に移して冷蔵庫にしまい、テーブルを台拭きで拭いた。それから、台所のマットにたくさん散らばった細かい人参を拾い上げてそのまま口に入れた。少し時間が経ってしまったためか水分が抜けている。ボリボリと音がした。あぁ、これじゃあウサギみたいだな、とカシャカシャ走るゴールデンハムスターみさこは呟いた。

オレンジ

 

あまりにも短い時間だった。

茶店は土曜の昼らしく適度に混んでいた。

注文してから、10分は待ったがそれの半分も話さなかった。

コーヒーカップにはややオレンジがかったラメ入りのグロスがすこし付いている。

昔、コーヒー占いというハッシュタグが付いたインスタの投稿が好きだったなと思い出す。あ、そういえば元気してるかな、まだやってるのかな、そういえばあの人いくつなんだっけ。最近全然見ないなと思い返し、彼のインターネット上の名前を検索したくなった。その時ちょうど店員が私たちのテーブルのコップに水を注ぎにきたので、それは出来なかった。そして、一口飲んできみが席を立った。

 

店にひとりになった後、なんとなくGoogle検索窓を開いて「コーヒー 値段 平均」と検索してみた。当然ながら、たくさんの回答を用意してくれた世界一の検索エンジンは普段となにも変わらなかった。いくつかリンクを開いたが、あまり面白いと思えるものは出てこなかった。もう一度試しに別の単語で検索する。「時間 潰し方 無料」と打って出た画面には、中学生の頃の私ならきっと面白おかしく読んでいただろうなという内容がたくさん出てきた。

あぁ、そういえばもっと昔ってなんでも素直に笑う姿勢があったよね、とぼんやり思う。「なんでも素直に、って実はもうできないことだよ」と近所の犬が死ぬ間際に言っていた。

 

ツイッターハッシュタグ「#我が家のペット自慢」で、きみが貼っていたのは柴犬だった。毛並みが良くて少し骨太な感じの犬だった。余程飼い主に懐いているのか、こちらを向いて笑うきみの上に顎を乗せて写っていた。私はと言うと、酔っ払った帰り道に撮影してブレている近所の猫の写真をふざけて載せた。実家で飼っていた犬の写真を投稿するか迷ったが、あまり懐かれていないため妙なアングルの写真しか見つからず、ハッシュタグの趣旨に合ったものを素直に選べなかった。

私が載せたその猫は、黒猫だったので暗闇と混ざっていて携帯のカメラ画質だと何だかよくわからない。だから、きみからメッセージが来た時は驚いた。「近所かも」とダイレクトメッセージの通知に4文字だけが表示されていた。

 

きみの顔はよく見ていた。ツイッターのIDをインスタグラムで検索したら、そのままきみが出てきた。鍵もかけずに全世界にきみの日常は広げられていたから、きみが友達とよく飲んでいる公園も、地面に転がって寝てしまうほど飲んでいた居酒屋も、工事がなかなか終わらないあの場所も全部見えていた。だから私だけが知っていたはずだった。

画面のほとんどを黒が占めるあの写真の猫は、きみの友達の勤めている店によく来る猫なのだそうだ。「美味しいし、おれ、お酒いつも安くしてもらってる」というので、「土曜の夜ならヒマだ」と言った。「じゃあ多分おれもいる」と返ってきたので一緒に行こうと言う意味ではなかったんだなと、寝る間際に思い出して少し恥ずかしくなった。 

土曜日は16時ごろ目覚めた。起きてすぐにシャワーを浴びた。瞼がいつもより重くて憂鬱だった。風呂場の鏡はほとんど曇ってしまっていてよく見えない。水垢を落とすために時々思い出したようにネットで検索した知識を試すも、うまく落ちなかったためだ。暗闇で光る画面を長時間眺める生活にも関わらず、視力だけは良かったので、この鏡を見るたびにメガネの人々の世界ってこんな感じなのだろうかと思っていた。

 

風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かす。いつのまにか細くなった髪がよく絡み、時たま痛む。目の荒いブラシを使いながらブローをして、ワンピースに着替えた。 濃いブルーの靴下を履いてローファーを選んだ後に、一度部屋に戻った。そして靴下を脱ぎ、洗濯カゴへ投げた。一発でちゃんとゴールし、日々の生活の杜撰さを実感する。気を取り直すように、新しく買ったポインテッドトゥのミュールを箱から出した。緩衝材を捨て、もう一度風呂場に戻る。ユニットバスってイヤだな、と思いながら鏡に顔をぐっと近づけた。マスカラのついた睫毛の先を整えて、リップを塗り直す。まだ時間は18時過ぎくらいだったが、これ以上前髪を触ってしまうと、せっかく固めたのが台無しになるので新しい靴を履いて家を出た。

 

家から5分ほど歩いた先の商店街の一本隣の路地にその店はあった。地下1Fで看板は出ているものの、とても入りづらかった。ドリンクメニューが小さな英字で書かれているが、本当にこの店であっているのか不安になった。連絡を取ろうにも、電話番号やLINEは知らない。きみのインターネットの最後の投稿からは3時間ほど経っているし、約束もしていないのにわざわざ確認するのも変な気がした。おそらくオープンしたばかりの時間だが、他に行きたいところもないのでひとまず階段を降りようとした。

すると、後ろから声がした。私のインターネットの名前を呼ぶ、はじめて聞く声だった。

 

「実は、前からちょっと気になってたんだよね」と表情をほとんど崩さずにきみは言った。カウンターに横並びになって、前菜の盛り合わせをつまんでいた。店内の照明は薄暗いものの、通りから想像するより賑やかな雰囲気だった。フロアは広くもないが、身内だけでやっている感じがある店が持つ特有の居心地の悪さはなかった。「写真とか、呟いてる内容とか、趣味が合いそうだなって」と続ける。店に入って最初に声をかけてきた、きみのお友達の店員がドリンクをサーブしながら「おれの前で口説くなよ」と笑う。

私は、目の前にいるきみの睫毛の長さに驚いていた。「健康な感じがする」と口にすると「きみはもっと不健康かと思った」と目を細めた。

 

店を出る時、アルコールがしっかりと身体に入り込んでいて、頭に酸素が少ない感じがした。「もっとゆっくり飲めばいいのに」と、きみは道端で買った水のペットボトルを私に差し出した。私は、ただ笑ってきみのもう片方の手を掴むようにして握った。

「ゆっくり、ゆっくりだよ」ときみは言った。「はい!」と適当に返事をして走り出そうとすると、きみは私の汗ばんだ手を握り直して制止した。「ゆっくり進もう」きみの横顔を見た。綺麗な鼻筋の先に、車のライトが次々に光る。

タクシーが街に急に増えた。大きな道路沿いに出たので、車の音で少し声が遠くなる。きみの顔は、これまで光る画面の中では見たことのない顔だった。

 

それから、私たちは約束をして会うようになった。

2週間おきくらいだった約束が、1週間に何度もされた。

きみの話をたくさん聞いた。旅行に行った先で飲み過ぎて目的地へ行くフェリーを逃したこと、帰省するためのお金がなく友達の荷物として高速バスに乗ろうとしたことなど、変な話をしてくれたほか、最近聞いている音楽のおすすめなどをしてくれた。

 

お友達の店だけでなく、近所をいろいろ巡った。よく猫が散歩している道をきみは教えてくれた。「この公園を渡った先にあるラーメン屋でまずご飯をもらって、そのあとはコンビニの前で座ってる。そうすると通りがかりに人にもご飯がもらえるから」といいながらしゃがみこみ、猫と遊び出すきみはiPhoneの中で見ていた顔よりも、随分若く見えた。

 

「そういえば、おれ、きみのこと全然知らない」

2時過ぎの駅前で、3軒飲み屋をはしごした後に発されたきみの言葉はいつもより遠くに聞こえた。金曜日のこの状況では当然だ。辺りには植木に突っ込むように眠る人や、ずっと言い争いをしている人もいる。

「もっときみの声を聞かせて」とだけ返した。

 

 

頭の中でまわる余計なことたちは、放っておけば止めどなく、朝までやっているこの店もさすがに閉まって追い出されてしまうだろう。喫煙可能、駅から近く、深夜営業、喫茶店にしてはいつも騒がしいこの店は店員のやる気が著しく低い。お客様に合わせてのことだろうか。暇になるとすぐ店員同士で集まってカウンタ脇で雑談している。アルバイトの大半は近所の大学生で、ヘラヘラと笑いながら「テストが」「課題が」「合宿が」などと話している。さすがに今の時間はそれぞれが店内をぐるぐると動き回っていて、テストも課題も合宿も彼らの頭にはないだろう。私もアルバイトを始めようかな、なんて考える。おんなじ動きを繰り返し、変なお客様を眺めて、退勤までの時間を気にしてみたいなと思った。

 

店が落ち着いてきた頃に、やることがなくなったのか初老の店員が再び水を入れに来た。若い店員が視界の端に映る。コップを店員側に差し出そうとした時、iPhoneが床に落ちた。一旦そのままにして、水をもらった後にそれを拾い上げると液晶の端が少し割れていた。縦に線が入り、表示が少しおかしくなっている。携帯電話を割ってしまったのは初めてのことだった。

 

気がつけば指先はするりと、このぬるい温度に触れている。明るい日差しの下ではうまく見えないので、左手で影を作りながら見つめる。深夜の静かなベッドでは腰を折って丸まりながら、光る画面を伏せて、ラジオを聞いた。誰かの眩しい夏や、血みどろの孤独、5秒で消費されていく生活を覗いて朝を待つ。これが日常だった。赤と緑と青の3色しか、私は持っていなかったのだ。

 グラデーションするきみの髪の色が、私の瞳に映ったのを意識した時、涙が出そうになったのを思い出した。けれど、泣いてしまうとカラーコンタクトまで取れてしまいそうだったから少し遠くにあるビルの看板を見つめていた。

 

 

「始まりなんてなんでも良いんだよ」と言ったきみの意見に100%同意できなかった。本当はここで出会いたかった。本当はあの本屋で出会いたかった。映画館で、古着屋で、雑貨屋で。偶然会いたかった。こんなにも、近くにきみはいたのに、出会えなかった。

 

ガタリと音を立てて席を立った。階段を降りて喫茶店を出た後、駅までの道をゆっくりと歩くことが出来なかった。目の前の景色はどんどん移り変わっていく。18歳で東京に出てきた当初は、街を歩くたび多くの人に声をかけられていたが、もう今はほとんどそんなことはない。表情を固めて、足早に進む。もう、この速度でしか歩けなかった。ヒールとコンクリートがぶつかる音が硬い。玄関にたくさんある、もう履けなくなった靴たちを思った。これから、このヒールも私の歩く癖に合わせて斜めにすり減っていく。

 

電車に乗ろうと思った。まだ昼間だと思っていたが、気がつけば日が傾きだしていた。次から次へとホームにやってくる電車を眺めた。一番早く渋谷に出る電車は次の電車だ。 その時にはもう、空は暗くなっているだろう。

 

薄い膜が、いつでも私の瞳にまとわりついている。本当は暗い瞳の色を明るく変えている。私の瞳を見る、きみの前髪の温度が見えた。カーテンの隙間から入ってくる西日がきみの脱色した髪に透ける。薄い唇の端を上げながら、わたしの瞼に触れた指。マスカラもアイシャドウも全て落としてしまった後の素肌。「本当の色が知りたいよ」ときみは言った。

「これを剥がしてしまったら、私なんて、何もなくなっちゃうよ」と、言えなかった。

カーテンへ手を伸ばし、光を遮った。きみの髪の細い影がシーツから消えた。

太陽が傾きだしてから夜になるまでの、あのオレンジの時は長かった。

少し

 

絶対誰にも届きませんようにって、涙が出そうになる気持ちを抱え込んだ膝のうちで思う

それなのに、感じている寂しさを埋めたい弱さが体を動かす

どこに行けるんだろうか、どこに行きたいんだろうか 何もわからない

朝起きたくない 昼座っていたくない 早く帰りたい でもどこかで誰かと笑っていたい

そんな明るい希望ばかりを抱いていることがおこがましい

でも、絶対誰にも届いて欲しくないこの気持ちを少しだけの人にわかって欲しい 少しだけの人がわたしのことを大切にして欲しい 悲しいね

おこがましいもん

少しの人を大切にして 少しの人の苦しい気持ちを少しだけ理解して そうやって人を愛せたら

少し変わるだろうか 少し