きらいになれないときは

日記とフィクション

偶像

心底自分の凡庸さに落ち込んで 輝きを見つけた気がしても 2秒後にはどこかへ行っていて

思い出そうとして検索窓 サジェストされた単語に目移り 早起きしようと思ったのに1時

5年前くらいまでスクロール 繰り返しすぎているから もう瞳に影が焼き付いている

難しい言葉も知っているけど纏えない 輪郭を滲ませるだけの易しい言葉 拙さに甘んじる

震えている指の形が急に幼く見えたのに 鏡に映る肌の色は荒れ地で 喚きの中で煮詰められていくだけ

享受して 安心して眠れる3時 埋没して麻痺させる精神 心酔して盲目になっていけば 安心して布団から離れられる7時

気がつかないように 覚めないように好きだと言うから そのやさしさできらいと言って

エトセトラ

 

「エンコン、じゃないですかねー」雨の中、坂の上にあるコインパーキングに停めた車まで歩きながら杉山は言った。

「縁、婚。めでたいね〜」と返すと怪訝な顔をされる。「エンもコンもめでたいじゃん」と付け加えるように言うと、ため息を吐きながらまぁそれくらいに考えておかないと変になりますよねとぶつぶつ独り言のように杉山は言った。

車に着くと杉山は運転席に座ろうとするのでわたしは運転を代わることを申し出た。杉山の顔は明らかに疲れていて眉間の皺も深い。呑気に昼の日差しを甘受しているわたしが帰路くらい杉山を休ませてやるのもいいだろうと思った。

だが杉山は「鮎川さんに任せたら僕本当に疲れちゃうんで」と怒りながらキーを刺す。「頼らなくてごめんなあ。3つも年上なのになあ」とドリンクホルダーのぬるくなったフルーツオレをグジュグジュ飲むと「先輩だとは思ってますけど、鮎川さんが僕より年上だとは思ったことありませんね」と冷たく返されてしまった。

かわいい後輩のもとで働けて嬉しいなと軽口を交わすとそこからはしばらく黙り込む。郊外から23区内までの道はどんどん狭くなっていくので運転には注意が必要だ。大学4年生で免許を取得したという杉山は都会っ子と言うこともあり、会社に入るまではほとんど運転をしたことがないという。法定速度をきちんと守り、高速道路でも無理な追い抜きはしない。「みだりな車線変更はよくないからね」と30分経ったくらいで急に言うと、この渋滞じゃ車の上に乗りでもしないくらい動けないですよと珍しく軽口で返事をされる。急いで帰らなくてはいけなかったけれど、首都高手前の事故のせいで大きな渋滞が続いていたのでさすがの杉山も力が抜けてきたらしい。この様子だと予定より大幅に帰社が遅れそうなのでPCを取り出して締切直後だった資料だけ軽くまとめて上長へ投げた。それから電話して、この後の会議はスキップすることともうこのまま帰ることを告げるとカーラジオからBluetooth接続へ変更して音楽を流し始めた。もう夏も終わり、日が落ちるのが早くなったのでどっぷり夜のような気分になる。思い切って夜の高速っぽくシティポップでも長そうと思いながら適当に曲を漁る。イントロ3秒くらいを聴いて選曲するわたしを横目に杉山は落ちつかない様子だ。

「ずっと思ってたんですけど、鮎川さんは彼氏いないんですか?」と訊く杉山は前を向いて質問自体にはあまり興味なさげだ。「いないね〜、杉山は?」社内の人間と意味のない世間話が出来ることが嬉しくて思わず聞き返す。小さな規模の会社で新入社員が同じ部署に入ることもなかなかない為、年齢の近い者と話せることだけで業務中は心が落ち着く。そのせいもあり2年前に入って来た杉山にはずいぶん馴れ馴れしくしてきたが、日々つんと冷たいのでろくな話はして来なかった。わたしから一方的にどうでもいいことを聞かせることはあれど、まともに杉山と会話しているのは午後の天気、台風の予測、夜中にあった地震のことなど、別に年の離れたおじさん相手にも出来る話ばかりだったので、今日の話題は特にウキウキした気持ちになる。「僕はモテるので彼女とかはいらないです」と答える杉山はやはり都会っ子、シティボーイだ。へらへら笑い返すとわたしは流れる音楽といくつも並ぶ道路脇の照明の世界に没入する。あー早く帰りたい、と思うけどそんなことを口に出してはまた杉山の眉間の皺が深くなってしまう。今日は金曜だと言うのになんだかもったいない。「この車、今日会社に返さなきゃいけないんだっけ?」「いや、別に平気ですけど車は置いて帰ります」「千葉だもんね、家」「一応ぎりぎり東京です」「そうかあー」「鮎川さんは練馬の方ですよね、送ります」そう言われてハッとする。やばい、今日は約束している日だった。

「ごめん、今日友達と用事あるからわたしも駐車場まで乗せて。もう仕事したくないから会社には寄らないけど」と言うと男ですか、と杉山がからかってくる。そうだよ、と言うと信じていないのか薄ら笑いで楽しんでくださいねと言う。杉山は可愛げのない後輩でかわいい。

今日これから会う男は本当に可愛くないから、なんだかわたしは嫌になってくる。2つ年上の癖にいつでもお金がなく飲み代はいつもわたしが多めに出してカラオケへ行けばそこは私持ちである。わたしよりもお酒を飲み、わたしよりも歌を歌い、背は高くて隣を連れて歩くには気分がいいが、それ以外は不快だ。なぜそんな男と遊ばなきゃいけないのか、自分ではうまく説明ができない。ストーカー気質な男が怖いから仕方なく付き合っているとも言えるけど、暇な時間が嫌いだからという理由の方が大きい気がする。確か待ち合わせは新宿だった気がする。一旦家に帰っても良かったが、会社帰りで疲れた感じを出して早めに解散したいという言い訳が真っ先に浮かんだ。

「鮎川さんはいつも適当でぼーっとしてますけど、ちゃんと男は選んでいるんですか」やたらと今日はわたしのプライベートに突っ込んでくる杉山がなんだかおかしくて真面目なトーンを作り答えてみる。

「エンコンで嫌がらせを受けるくらいには」

ニヤつきそうな口元を引き締めてさっと右を向いておちゃらけようとすると、さっきよりも眉間の皺を深くした杉山がこちらを見ていた。批判的な目だ。わたしに呆れた目で見られるのが惨めに感じ、縁も婚もめでたいじゃないか。っていうか、エンコンってなんだ。こんな日々を無責任に過ごすわたしに、誰かがエネルギーを使って恨むことなんてあるのか、というわたしの反抗的な意見を含む目線を返す。

「鮎川さんは、こう、もっと責任を持って日々を過ごすべきです」「コンドームを付けさせろってこと?」「ジョークの質が最低です」

ようやく渋滞から抜け出せ、気がつけば用賀を越えた付近だ。あとちょっとで帰れる。正確に言えばこの後の適当な飲み会を終えれば帰れる。家に帰っても気は抜けないと杉山には言われたが、別にわたしの身に何が起こっても別にどうでもいいような気がする。

昼間、久しぶりに遠方の相手へ杉山を紹介がてら商談へ行った際に皆で近くの蕎麦屋で食事を取った。相手方はおじさんばかりでわたしをチヤホヤするので「浮いた話はないのかい」なんて親戚みたいな話題を振られた。ざるそばが思ったより美味しく、どうせ奢ってもらえるからと大盛りを頼んで正解だと浮かれながら、いつも通り適当に場を盛り上げようと最近の生活について触れた。「ないない、ないですー。でも最近妙な、幽霊みたいのには好かれてますね。郵便ポストの中が全部水道屋のマグネットになってたり、玄関のドアに大量のツナ缶がかかってたりしました。ツナ缶、期限は切れてなかったけどブキミだったんで放置してたら、1週間後、全部空のツナ缶になってました」その場のおじさんたちはええっと笑いながらそれはホラーだとやんややんや言いながら、これまで起きた身の回りのホラー体験へと話題が移ったのだった。

その後、取引先から離れてから杉山は真面目な顔をして「わざわざ空のツナ缶を放置するなんて、嫌がらせ以外の何者でもないですよ」と言った。いや、ツナ缶はちゃんと綺麗に洗ってあったし綺麗だったんだよ。別にわたしは迷惑してないし何も困ってないのだ。そう思ったけど、そう言ってアレコレ言われるのも面倒だった。おじさんたちの前では言わなかったが、これまで杉山にはわたしの身の回りで起こるホラー体験はちょこちょこ聞かせてきた。カラオケに1人で行った際にトイレに行って戻って来たら曲が全部PUFFYの『渚にまつわるエトセトラ』で10曲くらい予約されていた話をした時には「早く警察に行ったほうがよくないですか?」と顔を引き攣らせながら言っていた。いや、わたしはPUFFY好きだからいいんだけどな。エンコン、でPUFFYをそんなに入れるだろうか。うっすら今日会う男がそんなことをしているのではと思ったけれど、わたしのことをつけ回すなんてことはあいつのプライドが許さないはずだ。しつこく連絡してきて呼び出すことはしても、わざわざわたしの仕事帰りの時間にオフィス街付近へ来るなんてことはしないだろう。

「杉山は普段どういう子と遊んでるの」話題を変えようと、質問をしてみる。わたしの意図に気づきムスッとしながらも杉山は答える。

「自分の意思がない、頭の軽そうな子です。扱いやすいから。面倒なことを言うようになったら、LINEをブロックします、それで終わりです」ある意味予想通りの返答に笑ってしまう。シティボーイというか、現代のモテ人間というか、潔い。「しつこいのは嫌いなんだね、いいね」「しつこいというか、そもそも相手自体にはそれほど興味なく遊んでいるのに僕がなんでお守りしなきゃいけないんだって思いますね。急に嫉妬されたり、定期的に会ってほしいならきちんと段階を踏んだ、時間をかけた付き合いをするべきです」「まともだー」とまたわたしは笑う。それくらいが丁度いい。今日の男も妙なわたしへの愛情ポエムを語らずにそうやってホテルまで連れて行ってくれたらいいのに。気がつけばまたあいつのことを考えてしまう。不快な感情はゆっくり形になっていくもので、それが溜まり溜まれば急に縁を切りたくなるものだ。やっぱり今日はすっぽかそう。それから杉山みたいにあいつのLINEはブロックしようと決める。「ムカつくもんね、粘着質は」とiPhoneをポチポチしながら続けると「誰に言ってるんですか?」と杉山は訊く。答えずに男のLINEアカウントを見つけブロックしようとするわたしに杉山は言った。

「鮎川さん、今日の約束はどうでもいいやつですか?」

「そうだね、今なくなった。」「なくなったんですか?」「なくした」「適当だなあ」「ずっとそうでしょ、わたしは」「そうですね」「そうだよ」

「鮎川さん」と杉山は言う。会社近くのたまにランチへ行くラーメン屋が目に入る。あ、もうこんなに来てたんだと言おうと顔を上げると丁度車が停止した。「鮎川さん、いい加減気づかないふりするのやめてもらっていいですか」

「ん?」と目を丸くしてみせると杉山はまた険しい顔で眉間の皺はもう深く深く刻まれている。「鮎川さんは、適当すぎます。無責任すぎます。もっと自分に関心を持ってください。気を抜く相手を選んでください。気がついたらPASMOに1万円チャージされてるのも、考えたら怖い話ですから、ちゃんと怖がってください、ラッキーじゃないんですよ」

ああ、それは先週の出来事だな。財布を失くして遺失物届けを出したらすぐに自分の元へ返ってきたが、何故か中身を失うどころかPASMOの残高が増えていたのだ。と頭に浮かべると、わたしの後頭部を杉山が触っていた。髪を結んでいるから、強く触ればボサボサになってしまうので困る。「わ!なになに!やめてー」と笑うと杉山は完全に怒っていた。

「僕が今、鮎川さんにキスしても鮎川さんはまた笑いますよね。適当に笑って誤魔化して何もなかったふうにする。なんでそんなにふわっとしてるんですか。」そう言われても、実際そうされたところでわたしは笑う以外の術を知らない。笑って、誤魔化して、それから次に会う時は普通に挨拶をするだろう。「頭空っぽの女は嫌いなんでしょ、杉山は。意思がなくて、無責任な女は嫌いでしょう。それなら別にいいじゃない」返答に困り、苦し紛れの言葉を出す。直帰すると言っておきながら会社近くの社用車内で後輩といる姿を誰かに見られないかが心配で通りに目をやる。「鮎川さんのことは、本当に嫌いです」そう言うと杉山は車を出して駐車場まで向かった。無言の状態が気まずかったがこれ以上杉山の機嫌を損ねる訳にはいかない。シンセサイザーの音がこれまでより大きく聴こえるのも、見知った景色の中ではうざったくなり音を止めた。車が進む音だけがして、わたしはひたすらに頭の中で『渚にまつわるエトセトラ』のAメロを思い出していた。

車を停めるとわたしはすぐに車を降りた。「商材とか、このまま置いて行っていい?」と訊くと杉山は無愛想に返事をした。会社に寄ってから帰るという彼を背にわたしは歩き出す。そのまま駅に向かうのも躊躇われてコンビニに寄って、アイスコーヒーを淹れるカップを購入してレジに並ぶとPayPayの残高が足りない。やっぱりPASMOにチャージされていたのはラッキーだったじゃないかと杉山に対する柔らかな怒りを抱えながらレジを終える。思わずため息を漏らしながら店を出た先に杉山が立っていたので「おつかれー」と挨拶をしてすり抜けようとした。明らかにわたしを待っていただろう杉山は無言でこちらに付いてくる。瞬間的に、反応していけないと思った。彼に対する関心を見せてはいけない。「なんで待ってたの?」とか「さっきのはどういう意味?」とかの質問をしてはいけない。ただまっすぐに地下鉄に向かうわなくてはいけないけれど、すぐに腕を掴まれる。

「鮎川さん」もうほぼ泣きそうになっている杉山に対して、わたしは何も言うことがない。ただかわいい後輩だと思う。真面目で、責任感があり、世渡りはうまいのにどうやら自分が真剣になるのには慣れていない、現代っ子

ただ名前を呼ぶことしかできない。自分の気持ちを言葉にはできないけど、感情は剥き出しになっている。そういう状態になっている時の人間は冷静な判断が下せない。だからこそ冷静な側の人間が優しく導いてあげないといけないけれど、無責任で気まぐれで奔放で杉山から嫌われているわたしはあいにく彼に優しくしてあげる義理はない。

「杉山」名前だけ呼び返すとわたしはへらへら笑って言う。「飲みに行こうか」

眉間の皺がほぐれて、口角が上がるのを確認する。機嫌は直った。わたしの3歩後ろをついてくる杉山が迷わないようにタラタラ歩き地下鉄の改札を抜ける。「どこで飲むんですか」「渋谷かな」「なんでそんなとこで」「なんかよくない?」「本当に鮎川さんは嫌な人だ」そう言いながら、わたしが顔を逸らしている瞬間は大きく表情を緩めているのがはっきりわかる。

電車を待っている瞬間も浮ついた彼の空気が読み取れて、気まずくなったわたしは彼に飲み物はいるかと訊いた。ブラックコーヒーを所望されたのでPASMOをかざすと残高がもうなくなっていた。ピーとなる音に思わず笑う。なんだかおかしくて笑いが止まらなくなる。自動販売機の前でげらげら笑うわたしに杉山は怪訝な顔をしている。もう早く、ホテルとか行っちゃおうと思った。身の回りの不可解も、杜撰なわたしの生活にあまりに馴染みすぎている。杉山が抱いている夢のような一瞬のときめきもわたしが適当に消費しても、誰もわたしを責めないだろう。

秘密/孤独

昼休みにトイレに駆け込んでパンツを下ろすと、そこには鮮やかな赤とどす黒くなった赤が混じっていた。顔を近づけると鼻を歪めてしまうようなにおいがするけど、やめられず見てしまう。ゼリーみたいな大きな塊が張り付いていたから、なんだかラッキーと思ってさらにしばらく見てしまった。 時計は12:48、いつもより遅めの昼だがオフィスの周りにはチェーン店が多いから特に問題はない。というより今は食事よりこちらが気がかりである。 休日だった昨日は少し遠方に出かけていて、身軽でいたいからとほぼ手ぶらで出かけたら生理になった。歩いている時に「あっ」と思う。そそくさとコンビニへ寄って一旦トイレへ行き、やはりと思ってナプキンを探して雑誌が陳列されている棚の向かいの一番下の方を探す。少し埃をかぶっているしヘンテコなデザインだけどなんでもいい。店員をちらりと確認すると高校生アルバイト店員のような2人がタラタラとレジを回している。昼時は過ぎているのに人がやや多くて並んだ。財布は出さずにSuicaで支払いを済ませる。丁寧に茶色の紙袋に入れてくれたそれは1分もせずにトイレで開封させられて殻はゴミ箱へしまわれた。 綺麗な紙袋もかさばるからもういらない。こんなに短い運命でごめんと軽口を脳内で浮かべながら速攻で個室を出た。コンビニの外でコーヒーを飲みながら彼氏がタバコを吸って待っていた。 「ごめーんごめーん!」って、言っている自分がなんかむかつく。

人感センサーのせいで消えた照明が照らさないこの場所の、薄暗さの中で昨日の記憶が一瞬で脳をよぎる。別に不満はない。電気を付けたいからパンツを覗き込んでいた半身を勢いよく持ち上げる。電気は付いたが相変わらず下半身の鈍い重たさは変わらない。深い溜息をつき、口をギュウっと尖らせてから眉間に皺を寄せてみた。それからもう1回溜息をついて、ナプキンを取り替えて個室を後にした。

ふと思い出したようにルナルナを開いてカレンダーに昨日の日付を入力し、自分のことなのに未だに責任が持てないなあーと時計を見ながら思った。時計は13:26になっていた。まだ休憩の時間は残っているけれど食欲もないしもうデスクに戻ってしまおうと思い歩き出す。自身の勤める会社のビルの隣のビルの1階には喫煙所があり、今日は風が冷たかったから避難しに来ていた。いつもなら通りを挟んだ公園の奥にある喫煙所へ行く。ビル関係者以外は断りの文句が張り紙されることも多いがこのビルは1階にカフェが併設されているからなんとなく許されているのだろう。 自動ドアが開いた瞬間の強い風に前髪を勢いよく飛ばされた。思わず目を細めた瞬間に、脳裏にさっきのトイレの個室で見た自分のパンツを思い返した。 生き物は長い歴史の中で定期的に流れてくるこの血の塊によく順応したなあと思う。何回も見たから慣れているとどこかで理解しながらも、毎度新鮮な気持ちで血を眺めては非日常にそわそわした気持ちになる。

先日も布団のシーツを汚したばかりだ。10年以上も繰り返してきた経験のはずなのに未だに失敗をする。自分の意思ではない何かに左右されることに、慣れるなんてできないとどこかで反抗していたい気持ちが消えないからだと思う。 帰り道にポイント洗いの洗剤を買わなきゃと思い出しiPhoneでメモをした。

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明日は仕事だからと思っていたのに何故か家に帰りそびれてしまった。と、人に説明する瞬間はいつも「こうなることを望んで」いたはずなのだが、思考の一番外側にある事を選んで説明してしまうのはなんでだろう。

仕事が終わってエレベーターに乗ろうとした時にLINEを見たら連絡が来ていた。30分くらい前の通知で飲み会の誘いだった。今日の予定はないが、ここ数日の生理のせいでにおいが気になると思った。セックスすることが決まっているわけではないのにそんな心配ばかりをしている。 「今日は早く帰らなきゃいけないんだけど」と回答を明確に出さない返事を打ち様子を伺った。数分と待たずに返事が来て急遽向かう駅を変更した。 「ユウチもそうらしい!とりあえず飲もう!」というメッセージに脳内でいろんな判断をする。 これはもうこの数年で染み付いた無意識のものだ。

今日のメンバーはミホノ、タカギシ、ユウチだった。 ミホノはわたしの高校時代からの友人で同じ大学だった。最初は同じ軽音サークルに入ったがミホノはすぐに辞めた。思ったより華やかでない活動に嫌気が差したのだと言う。そして2年になる前にバドミントンサークルに入りその先輩であるタカギシと付き合った。 1つ年上のタカギシとユウチは同じ学年だったが、ユウチは浪人して大学へ入ったのでわたしとミホノより年齢は2個上だ。タカギシとユウチは同じ学部で入学式の日からよくつるんでいるらしい。

タカギシとミホノは付き合って長くなった。鳥貴族の狭いテーブル席に並んで座る2人の姿は見慣れた光景だ。わたしはタカギシと何度かセックスをしている。多分ミホノのほうが先にタカギシと寝たはずだが、大学時代はよく家にタカギシが来てはセックスをしていた。 そこにこじれた感情も問題もなかった。ミホノとタカギシの仲は睦まじく、周りからも数年の内に結婚するだろうと思われている。タッチパネルを2人で覗き込みながらミホノが言った。「もう鶏皮ポン酢ないってー!」飲み屋の中とは言えど大きすぎるボリュームで言うミホノにすぐ反応したのはユウチだった。 「トリキ来た意味ーー!」とさらに大きな声を張る。左半身がズシリと重くなるくらいユウチはわたしの横でのけぞってリアクションした。それを見てタカギシも大きな声です笑う。ミホノも、わたしも誘われるようにさらに笑った。

何回も同じ話を繰り返して同じような飲み会を繰り返してきた。今日も心地よく慣れた空気をそれぞれが順番に回して時間が経った。22時を過ぎた頃、会計を済ませて店を出た。トイレに寄っているミホノとユウチをエレベーター前で待っているとタカギシがわたしの腰を撫でる。 「今日も楽しかったなー、またすぐ飲もう」 「そうだねー」と笑いながら返事をするとユウチがやって来る。「おーい浮気すんな!」と真顔に近い表情を作り口もとをにやつかせる。すかさずわたしがそうだそうだと突っ込みながらタカギシの背中を叩く。そうして3人にどっと笑いが起きる。 ミホノが戻ってきたタイミングでエレベーターがやって来たのですぐに1階へ降りた。

地下鉄とJRで改札が離れていたのでミホノとタカギシとは店の前で別れた。ユウチと2人になって急に静かになる。 駅前の広場のそばにはコンビニが2軒あった。1軒は最近できたばかりのセブンイレブンで店内は狭いがお酒の種類がとにかく多い。特に会話をする事なく店へ入りロング缶を1本ずつ買った。また広場へ戻り植木のあるブロックへ座る。 「彼氏とどう?」緑茶割りを勢いよく流し込んだ後にユウチは訊いてきた。 「普通だねー、やさしいよ」と答えるとわたしも喉を鳴らしながら酒を飲んだ。それぞれが缶を飲み終えると喫煙所横のゴミ箱へ空き缶を捨てに行った。それから駅から離れて、坂道を登って15分くらい歩いた後にユウチの家に行った。

鉄と木を基調とした小綺麗なインテリアで作られた部屋には間接照明でボンヤリ照らされているパキラがあった。 植木鉢の横には小さな鉄製の霧吹きが置いてある。

ソファの横に脱いだ上着を折り畳まずに丸めて置いた後、靴下を脱いでその上に重ねておいた。 部屋全体は雰囲気があるがフローリングは薄く埃を被り、毛髪が多く散らばっているので床に荷物を置きたくは無いのだが最近は諦めてそうするのが習慣だった。 ここに来た後は朝早く起きて自宅へ帰りすぐにシャワーを浴びて二度寝をする。 ユウチの家の一番大きな窓にはカーテンがない。最近はやや日が登るのが遅くなったが明るいことには変わりないのでそのまま起きてしまうことにしていた。 早く起きてしまうし、家に帰る時間があるし、仕事はフレックスだし、別にこれでいいのだ。

0:14になり、シャワーから出てきたユウチがNetflixのメニューを眺め出す。わたしはソファの隣で氷の入ったグラスのウーロン茶を飲んでいた。大きな口を開いて流し込んだので思っていたより大きく喉が鳴った。「ハァー」と言いながら両手を上にあげて背すじを伸ばした。ユウチの家の洗濯物の匂いがわたしの鼻の中にやって来た。 甘たるくはなく、乾燥機によってふんわりとした心地よさをはらむ彼のLサイズのTシャツを着ているとフローリングの汚れのことなんて考えなくて良い。 ユウチの身体へ今度はわたしが半身を傾けて大きく体重を乗せた。背を反って首を上に向かって伸ばした時、会社のトイレでの昼休憩の記憶が頭をよぎった。

パンツをじっと見るために頭を下げているから脳から酸素が一時的に減り、ゆるやかな快感さえももたらしていた。 冷たい湿ったタイルの中にわたしだけがいた空間。 洗濯物の匂い、フローリングの埃のざらつきにこれが混ざって興奮した。

どうやってそれらが結びつくのかわからないが、その点と線の不明瞭さが余計にわたしをその思考に縛り付ける。

思考がぽんぽんと飛び交い、自分がユウチの部屋にいることも忘れてしまうくらいに思考を自由にさせた。わたしに寄りかかられたユウチは反射的にわたしの髪を撫でている。 ポン酢のジュレが乗った鯛の炙りの味を思い出す。視覚のイメージはあの血液の塊だ。黒くて鈍い、とても自分が生み出したとは思いたくないような物質だが毎月のように勝手に生まれては吸い取られて隠されて捨てられるのである。ああ、かわいそうと脳内で言う軽口に思わず自身の口元が緩んでいる事を自覚した。ユウチが不思議そうにこちらを黙って見ているので意味もなく息を大きく吸い込んで止めて見せた。それを見て彼もわたしの真似をする。 脳の酸素濃度は薄い。 気道を細くするように首を絞めると気持ちがいいが、それをしたくなった。

ユウチの持っているリモコンを奪い取り彼の背中をなぞった。痩せ型の腰の線は細く、背骨が少し盛り上がって決して太くはないのにパイプのような質感を出している。 そこからは目を閉じて、眠くなるまで思いのままにそれぞれが排泄のように気持ちのいいことをしていくことにした。 サービスをしない、けれど不快さのないセックスをする。 まだ血が残っていないか気になったけれど、自分の家でないから気にしないことにした。ユウチの家のシーツは白いものしかないようだけれど定期的にインテリアの配置が変わっているのを見るに物持ちのいいタイプではないはずだし、と推測しながらセックスをした。

終わってからわたしだけがシャワーを浴びて適当に髪を乾かしたら寝る。すっきりした気持ちで深い眠りに落ち帰るだけなのだが、寝る前と朝起きた時にユウチの顔を見ると苛つきを覚える。 ユウチは綺麗な二重瞼が印象的で日頃は大きな瞳が綺麗だけれど、閉じたまつ毛の形が一番好きだ。ただ眠い時の彼は全く人の話を聞き入れず本当はシャワーを浴びて欲しいと伝えても無視するように眠り込む。 素直にまつ毛を見つめていられる以外は腹立たしさが勝った。

帰宅後の二度寝から目覚めて会社に行く前にiPhoneを見るとユウチから連絡が来ていた。「今日の夜はひま?」 本当は洗濯物を回さなくてはいけなかったけれど急遽洗濯機のタイマーを解除してから家を出る。 無意識に家に帰らない準備が身体に染み付いている。

ユウチは仲間内でわたしといる時にわたしとほとんど目を合わせない。だが2人になると途端に無言でじりじりと距離を縮めてくるのだ。

そのくせ後から言葉を付け足す。 丁寧にお礼を言うことが「自分にとって都合よく動くことは当たり前だ」と言われているようでなんだか腹が立つ。 「わざわざ来てくれてありがとうね」 「こんな遅くなのに会いに来てくれて嬉しい」 こういうセリフで私が違和感なくユウチに溺れて、ユウチから離れていかないと無意識に信じている。

「はいよー」「わかった」なんて短い絵文字もつかない返事を数分開けて返事をすることで私が何にも気づかないことを丁寧に表明してしまうのもずっとこれまで守られてきたルールのようなものである。

退勤後に帰宅せずに彼の家の最寄りへ向かうと、寝癖も直していない部屋着のユウチがだるそうな身体の動きで迎えに来た。背の高い彼は存在感がありくたびれたパーカーでさえもそれらしさを見せている。 わたしの指を拾い上げるようにして手を繋いで住宅街の方向へ向かって歩き出す。

退屈な日常の中でユウチとセックスすることはもはや非日常にはならないし、何の起伏も産まないのだが、ユウチと寝ることは何となくラッキーな気がするからしてしまう。

ユウチはわたしに彼氏がいるとわたしに興奮するしセックスをする。自分が罪な人間であるというアクセサリーが性癖だというにおいが彼の部屋にはこもっているから解る。 ユウチのAesopのヒュイルの香りを僅かに残す首元が好きだ。この匂いは彼の自尊心を形にして、空気にして、わたしの脳に染み込ませてくる。

初めてタカギシがユウチを連れて飲み会に来た時にわたしは直感でこの人とセックスをすると感じた。 それは、恋と呼ぶには気味の悪い自己愛だ。 ユウチがわたしを見つめてくる視線に快感を感じた。愛情とは明らかに違うが、わたしと同じ体温をしているのだとすぐに解った。 ミホノとのセックスだけでは物足りないとわたしに言うタカギシが持っている感情と並べたらおそらく同じ色。

学生の頃、夏休み期間に4人でドライブでペンションへ行った時がある。その時、あまり飲めないからとタカギシが持ってきたジェンガで遊んだ。ぐらぐらと揺れている小さな木の集合体は微妙なバランスで成り立っていたがなかなか雪崩れたりはしない。ミホノが大声で騒ぎ、ユウチが突っ込みタカギシが笑う。それを眺めるわたしという様式美をわたしたちは愛していた。 思いついたままにユウチへ「夏休みまたペンション行こうよー」と言うと「もち ろん」とふざけた軽い返事が返ってくる。

自分の意思ではなく、無意識がこの状況を生み出してしまう。もう大人なのだから予想もつくし、予測ができても、そうだ。 わたしの中でルナルナがほとんど機能していないのも無意識にわたしが支配されているからで、理性に立ち向かえないからだ。

ユウチはわたしに彼氏ができるとタカギシを飲みに誘い、ミホノを誘い、わたしを誘う。 先月ミホノと遊んだ時に彼氏ができた事を報告したばかりだった。

「こうなることを望んで」わたしは消費される事を快感として受容れてしまう。男がわたしを消費する時の自尊心や感情の表皮がたまらなく気持ちいいのだ。

ユウチの部屋は、昨日来たばかりなのでほとんど様子は変わらない。唯一違う点であるパキラの影が大きく見えるのは昨日と照明のモードを変えているからだった。

同じように上着を床に投げるようにして置いた。勢いをつけすぎたのかバサリと音がした。 ユウチは家にいる時TVをつけたりはしない。静かな夜に換気扇の音だけが響いている。 寝支度を済ませ、ソファへ座りコップの氷を鳴らす。そして昨日と同じ流れ、同じ会話でまたユウチとセックスをしようとした時、下半身に重さを感じ「あっ」と思った。

先日終わったばかりなのになぜ、と思ったが思考は停止して動きを止めなかった。わたしの名前を呼びながら額に張り付いた髪をユウチが掬い上げていく。脳は、冷静に判断をして正しい対処を理解している。

ソファのすぐ横にあるベッドへ移動しようと腰を上げた時にユウチが言った。 「生理終わったばっかりだと思ってた」 ソファに沁みるほど血が出ていた。薄暗いオレンジの照明の中で血の色は鈍い。咄嗟に謝りながらティッシュに手を伸ばし辺りを拭った。

ユウチは手を洗うようわたしを促しキッチンまで連れていく。蛍光灯に照らされた指を見ると血の色は赤かった。鮮やかで少しベタついていて、小さい絵の具の塊のような粒は想像以上に肌の上を滑って伸びた。 「綺麗だね」というとユウチはわたしの顔をまじまじと見る。 「おれときみは一生側にいることはないけど、時々こうして寄り添っていたいのは、おれときみの汚さと綺麗さが似ていると考えているからです」

急にユウチがそう伝えてきてわたしは目を丸くした。 その後すぐ気持ち悪いなあと思った。 それから、とても気持ち悪い彼が好きだと思った。

わたしの腕に伸びた赤い血の筋をユウチがなぞるのを見ながらトイレでナプキンを1人で見つめた時間のことを思った。自惚れた瞳で斜め上を向いたユウチを見てまたさらに興奮する。 口元のにやけが止まらない。

浮遊

◆2020-10-20のこと

毎日元気です。朝起きると時計を見ます。時計は10分くらい進んでいるのでボーっといつも遅れてしまうぼくにはちょうどいいです。ちゃんと10分早まっていることを忘れているのでいつも焦って家を出ます。そのわりに遅刻しないこともあるので嬉しいです。 よく寝ます。時間は短くなったかもしれないけどちゃんと眠れています。朝は最近寒くてなかなか起きられません。でも寒いのは嫌いじゃありません。

普通に生きています。お昼を取った後の午後があっという間に過ぎていきます。退勤した後、何をしたらいいのかわからなくて電車に乗ります。いろんな人が乗っているのに知っている人はなかなか見ません。たまに夜遊ぶ予定があると大抵は嬉しいです。今日は好きな後輩たちにご飯に誘ってもらえたのでとっても嬉しかったです。何を話すでもないけどダラダラそこにいていいのが幸せでした。 幸せだなって進行形で感じられることは嬉しいです。楽しい記憶は長持ちしないからたくさん感じて記録に残していきたいです。毎日があっという間に過ぎていくのだと感じてしまう今はなだらかで安定していると思います。 きちんと波に乗れています。朝起きて昼は指を動かし夜は眠れます。ありがとうとたまに言い忘れてひどく後悔します。たくさんありがとうって言いたいです。本当はたくさん感謝しているのに毎回言うと会話が成り立たないし薄まっていくようで怖いです。でも本当はたくさんありがとうった言いたいです。わたしがこんなに幸せに生きているのは周りの人が優しくしてくれているからです。ありがとう、たくさんありがとう。

毎日音楽を聴きます。何がいいのか具体的に言葉が出ないのはわたしが音楽のことそんなに知らないからだと思います。でも興味もないのでただ楽しく聴くことにしています。音楽を聴くのは好きです。なんとなく楽しいです。なんとなく楽しく、時々びっくりするくらいに胸に刺さって言葉にならないくらい複雑な気持ちになります。感受性が高くて影響を受けやすいので自分の心の波が大きく揺れすぎないようにバランスをとって聴きます。いろいろ音楽があることは選択肢があることなので大切です。 穏やかな波に乗って人生を生きていきます。たくさんの優しい気持ちといろんな選択肢と共に生きていきます。選びとっていく選択が時々失敗のようでも、それがわたしであるのでうまく処理していかなくてはいけません。 ぼくの平凡な毎日でさえ、ゆらゆら揺れてどうしようもなく、幸せが溢れては時々足りない気持ちになります。もっと大きなカップを持つ人のことを知りません。ただわたしは自分のカップをきちんと持っていなくてはいけません。どんな気持ちが一瞬生まれようと、自分の目の前を蔑ろにせずに責任を持っていかないといけないです。 毎日元気です。大きなことはそうそう起こりません。ただ流れていく日々の中で時々他人に思いを馳せます。そしてありがとうって思います。ありがとう、今日もありがとう。ちゃんと忘れないでいたいです。遠くの人のことは守ってあげられないからちゃんと手を伸ばせる範囲は守りたいです。大好きな人をずっと好きでいたいです。最近寒くなってきたねと季節を分け合いたいです。

考え始めたらキリはないけど他人の人生を変える力はありません。自分が生きていくこと、過ぎていくこと、過ぎたことを後悔し過ぎないことが大切と感じます。言えなかった気持ちのことは大切だけどやわらかくて壊れてしまいそうだから大切にしまいます。丁寧に箱に入れてしばらく仕舞っておくのがいいんだと思います。大切な人と時々寂しさを切り取ってつまみ出しては穏やかに触りたいです。本当はたくさん大きな声で泣きたいことがあっても静かにしないと多分よく眠れないので何も考えないようにしようと思います。 毎日元気です。今は寒いことしか頭にないけどそのうちまだ明るい春がきて薄着になります。そうしたらお花見をしたいです。なぜだか涙が出る季節をひとりだけのものにはできないです。幸せな日々だから忘れそうな絶望もきっとふわふわ浮いて消えないで残り続けて空気になっているといいです。穏やかな風が吹くと思います。そうしたらまた日記に書き留めたいです。

短歌まとめ4

・背を向けて斜めに天井見つめてる 早く眠ろう 早く眠ろう

・でも毛糸 結び直してもう夏で 言えないずっと春まで言えない

・店員の優しさ見えるam2:00 無言で3円増える会計

・「訴えます!」おふざけ訴訟 真夏の日 太陽相手の無茶苦茶勝負

・意味もなく手首に歯形をつけてみる今日は手首に歯形をつける日

・空っぽの胸にギュウっと綿つめて 明日からあなたの部屋に越そうか

・まだ今は自分で取れないこのピアス どろっと溶けて骨になります

・余分だけ集めてできたmy人生 my役を作って遊ぶルービックキューブ

・逸らさないで 視線の先を探してばかり 触れた指から凍りそうだから

・湯気が出るくらい光ったチビの手とおんなじかたちの紅葉の枯れ葉

・「いちごあめ、ショートケーキも嫌いでしょ」きらいを知られて好きになるぼく

・まだ君の涙を知らない ぷよぷよで君を泣かせて少し満足

あたしの変な恋心

映画館を出たあと、すごい勢いで飛び出る。 なぜだか焦って周りは見えてないのに感覚が鋭い感じがする。特に耳はよく聴こえる、いろんな音を拾っている。

風の音が強い、し、肌がつんのめって裂けちゃう気がする、あ、怖いな。って思ったらもう駅だ。 駅が思っていたより汚いからげんなりする。 LINEがきてる。いろんな人から、でもあと少しで家だから見ない。見ちゃうとなんか今の気持ちが消えちゃう。 この勢いをまだ消したくない。まだ頭の中にあるうちに、初めに感じた衝動が削り取られて失くなってしまうから。

あ、肌のきめ細やかさ。あ、眉毛の1本1本。 輪郭の整いすぎてる曲線。 そういう視覚から来た謎の衝動。 ストーリーには理解の及ばない細かい意図が含まれすぎていてよくわからないのと、ムカムカするのと、あーウザ!って思う気持ちと、 理解できない人の心を覗き見て でも理想の混じる自分にはなれない世界を垣間見て 明日からの自分の生活に夢を見る。 温かいお湯の中に入りたい。溶かしたい。 綺麗な空気の朝になりたい。 眩しいひかり、朝の空気、つまらないラジオ。思い出した、自分の捨てた生活。 求めてる衝動、退屈な感性。貶して、磨いて、わたしの選ぶものがなくなった失った空白で、何が空白なのかもよくわからない。 わからないけど、ひとりにすごく満足な気分。本当は誰かと分け合いたいのにきっとわたしは誰とも話せない。 ちょうどおんなじ目盛りを持ってない人を選んでいる。磨かれない靴で、光らないアクリルキーホルダー、きらいなチョコのブランド。

選ばなかったんじゃない、選択肢を知らなかったんだって逃げたいけど、今からでもがんばれる?がんばれない 失った時を取り戻せないかな?無理かな このむず痒い、というのも腹立たしい恋を ぐちゃぐちゃにしたい。怒りだな

やわらかい、壊れそう 壊したくない 光って。 羨望、嫉妬 あなたが眩しくて わたしがなれない永遠の存在 憎しみの恋 きらいだ、きらいだ

腹が立つ、腹が立つ、面白くなんかないのに音楽が流れる 一番嫌いなそれっぽさにわからなさが乗るから無駄にいろんな余白になだれ込む。苛つき。 今は丁寧さを少し失った朝に、ホットミルクが飲みたい。6つ入ったクロワッサンが黒焦げで白い皿が間抜けに見えたい。 わかるかな、わかってこの苛つき、ってずっと自分の中で怒ってる。 寂しい、悔しい、幼稚な爆発。 本当は全部を選びたかった。 批判して、蔑んで、自分が1番なりたかったもの。 多分自分が最初に感じたあの頃の文学になれなかったわたしがずっと遺すもの。歳をとっても永遠にコンプレックス、何者にもなれないわたしに衝撃と少しの才能を与えたんだ。 光らないわたしがまだ光りたいと思ってしまってまだまだ腹立たしい。悔しい、悔しい、悔しい。 疲れて寝ちゃって忘れたい、いびき。 江國香織サガン わたしの恋心。 形を作らなきゃ、わたしがずっとわたしでいるために

テレビ

会いたくない人に会うより、観たいテレビがあったよ。 そんなことを考え始めるとかなり悔しい気持ちになる。

みんなはしゃいでいる。タイムラインがすごい勢いで動く。あれ面白かったよね、と切り抜かれた1分が拡散される。でもちゃんと観てる人からすればそんなのはセンスなくて、全部観たからこそ伝わる空気がある。

あー、観たい。テレビが観たいよ。2時間くらいだったらどうにかこうにか観るかもしれない。 でも、わたしの家には録画機器がない。いつもTVerにお世話になっている。時々はインターネットの海を彷徨う。 番組録画って実はめちゃくちゃ生活が豊かになるんじゃないかと感じたのは、TVを持っている人の家に行った時だった。今はテレビで録画できるらしい。言ってる意味がよくわからなかった。わたしの記憶はVHSで止まっていて、コナンが始まる30秒前くらいから録画ボタンを押す準備をした記憶。 お気に入りのバラエティ、なんか気になるドラマも録れるな。綺麗な画質で観れちゃうな。でも、ずーっと消化出来ずにいると容量がいっぱいになって新しいのが録れなくなっちゃうらしい。忙しい時にはそのことで悩みそうだ、と思った。

テレビを買ったのも大学3年の頃だし、社会人になってからAmazon stickを買ったけど実際それまではほとんど付けなかった。必要がなかった気がする。

あー、テレビが観たい。長時間の特番が観たいよ。会いたくない人とそこまで乗り気じゃないご飯のメニュー見ながら美味しそうだってはしゃぐんだ。全然自分が笑えなくても、空気が軽くなるためにたくさん間髪いれずに喋るんだ。 あー、あー、テレビが観たいな。

本当はご飯を食べる時間だけど次のやつが気になって出かけられずに夜になる。お腹が空いて外に出る。秋の空気に驚く。パーカーが着られてはしゃぐ。ひとりでも。 嬉しくて軽くなる。それならふたりでもいいな、とか考える。もっといてもいいな、たくさん人がいて、ダラダラワイワイするんだな。 悔しいから、耳をふさぐ、目を閉じる。最後に記憶を失くす。それくらい悔しい。